
STAENマガジン【注目の自治体】シリーズでは、スタートアップを応援する熱い自治体担当者にフォーカスし、自治体独自のスタートアップ支援や担当者の思いを紹介しています。
今回は東広島市の栗栖真一氏にインタビューを行いました。
市民参加によるまちづくりに挑む学術研究都市「東広島市」
―まず東広島市の特徴や課題を教えてください。
東広島市は現広島大学の統合移転に伴い、1974年に4町が合併して誕生したまちです。2005年の平成の大合併を機に更に5町を合併するなど急速に拡大し、現在の市の面積は東京23区とほぼ同じです。市内には新幹線東広島駅があり、広島空港も近接しており遠方へのアクセスは比較的良い一方で、市内移動における交通手段の多くを乗用車に依存しています。
また当市は広島大学を始めとした4つの大学と、JICA中国国際センターや酒類総合研究所、理化学研究所等の研究機関を持つ「学術研究都市」の一面を持っています。
出典)広島大学広報グループ提供画像
産業は製造業が中心で、広島市に本社を持つ自動車メーカーのマツダの関連会社が多くあります。市内最大の企業は、最先端メモリ製品の開発、設計および生産を事業とする半導体メーカーのマイクロンメモリジャパン*です。DRAM、NAND型フラッシュメモリを日本で唯一製造しています。また、日本酒の製造地として灘・伏見と並び称される酒どころであり、吟醸酒が生まれた地でもあります。それに伴い、大型精米器の国内シェア70%を占めるサタケなどの酒製造関連企業も発展しています。他にも、100円ショップとして有名な大創産業(ダイソー)の本社があり、まさに幅広く製造業で発展してきた都市であると言えます。
一方で「学術研究都市」や「ものづくりのまち」としての課題もあります。前者は、「学術研究都市としての強みを市として十分に生かせていない」ことです。具体的には、大学や研究機関と地域企業の連携や地域資源を活かしたイノベーションの創出があまり進んでいないこと、またそれが一因で市内の大学生約16,000人のうち3%程度しか卒業後に残らないことが挙げられます。後者は、「スタートアップへの連携機会の提供が難しい」ことです。本社機能を持つ企業が少なく、企業主体で新規的な取り組みを始めにくいことがその背景にあります。
*マイクロンメモリジャパン合同会社:
NECと日立製作所のDRAM事業部門が統合したNEC日立メモリが前身(1999年)。現在の半導体市場でのシェア世界4位。東広島工場はマイクロンメモリ社最大の製造拠点。
スタートアップへのタッチポイント提供を通じて市民もwin-winの関係に
―スタートアップ支援に関する取組においても、学術研究都市という東広島市独自の強みを活かした支援体制があるのでしょうか。
公募イベント「TORQUE(トルク)Higashihiroshima」
東広島市では2021年度より、地域が抱える課題をデジタル・アナログの最適な組み合わせにより解決を目指す事業として、 全国のスタートアップ企業などから解決策を広く公募する「TORQUE(トルク)Higashihiroshima」を開始しています(今年度2社採択*)。本イベントは当市の新たなスタートアップ支援イベントです。行政はコミュニティ内のコミュニケーション促進や課題解決に手を出しづらい部分があると感じます。そのような行政の手の届きにくいミクロな課題をスタートアップに解決して頂くことを期待し、2021年度の募集テーマを「地域コミュニティの活性化や相互対話・交流促進のための仕掛け」としました。
スタートアップに対しては、当市の市民とのデジタル接点サービスである「市民ポータルサイト」との連携や「Town & Gown」*の活動を介した技術支援、学園都市である当市に備わる大学機関等との連携機会などのアセットを提供できます。
*一般社団法人 givとGEパートナーズ株式会社の2社。詳細は本リリースを参照。
スタートアップに提供できるアセット(1):市民ポータルサイト
出典)東広島市市民ポータルサイト
市民のニーズに寄り添う情報発信をすることで今後も幅広い層のユーザー登録が予想される。
市民ポータルサイトは開設から1年も経っていませんが、既に10人に1人の市民にLINE登録していただいています(2021年11月時点で約19,000人)。サイト開設に当たり、当市としてまずは利用してもらうことを最優先に考え「小中学校の保護者が従来、紙で受け取っていた学校のお知らせを全てLINEで受信できる機能」を提供しました。結果、市内のほとんどの保護者にこの機能を利用して頂いています。現在はカレンダーサービスを提供するスタートアップがポータルサイトの高い利用率を活用し、利用者(保護者)がカレンダー上で日々の給食の献立を簡単に確認できるようなサービスの開発を進めています。
このようにスタートアップがサービスを展開する上でのハードルになる「市民向けサービスの認知・利用」を簡単に実現できる点は当市のポータルサイト独自の強みです。
スタートアップに提供できるアセット(2):Town&Gown環境
また、スタートアップは「Town & Gown」事業を通じて、自治体・広島大学を中心とする大学機関(研究機関)・複数事業を展開する大企業と接点を持ち、事業をスケールアップさせることができます。加えてこれらのステークホルダーが単独で活動するのではなく、協調しながらプロジェクトに参画すること、自治体主催プログラムでありがちな短期型プログラムと異なり1年以上の長期的な連携を取ることができることも本市特有です。
*Town & Gown構想とは?
文部科学省の「科学技術イノベーションによる地域社会課題解決(Design-i)*」事業に広島大学と当市が共同で取り組んだことを契機に始まった構想。地域の発展と大学の発展は一体的なものであるという考え方のもと、大学が地域の課題解決に尽力するまちづくりのモデル「Town&Gown」(大学と自治体のトップ間で、日常的にコミュニケーションをとりながら、大学経営や都市経営の方向性を一致させていき、まちづくりそのものを一緒に行っていくというもの)に着目し、こうした考え方を目指して取り組みを進め、住友商事やソフトバンク、フジタといった民間企業との連携も決定した。2021年10月には、日本初となる「Town&Gown Office」が正式に設置された。当構想を通じて、前述の「大学や研究機関と地域企業の連携や地域資源を活かしたイノベーションの創出はあまり進んでいない」という課題解決を目指す。
構想の全体像はこちら。「広島大学Town & Gown構想―文部科学省」
スタートアップの土壌を長期的に醸成し、住みやすいまちづくりを行う
―まず改めて栗栖さんの現在の業務について教えてください。
現在私は政策推進監というポジションで、大学との連携やスマートシティ構築、スーパーシティ申請等に携わっています。民間企業やスタートアップと定期的にコミュニケーションを取っており、従来の「行政が計画し、企業が受託する」という関係ではなく、企業の持つ技術やネットワークと結びついて、お互いにWin-Winの関係になれるような共創の形が必要だと認識して、スタートアップとの連携を模索しています。
―本特集は熱い自治体職員にフォーカスするといった主旨のものですが、栗栖さんの仕事に対する考え方の特徴を教えてください。
一般的な行政職員とは異なる視点で業務に携わっていることでしょうか。一般的な行政の業務フローはフォーキャスト思考をベースにしています。つまり、過去のデータを基に計画を策定し、発注するといったものです。一方で、私はバックキャスト*に基づいて業務を行おうと思っています。例えば、広島大学と一緒に「こんなまちがあればいいよね」といった理念からスタートし、そのゴールに向かって業務に落とし込むようにしているのが前述の「Town&Gown」の取り組みです。
私が職員課長の時に、現在の市長が就任しましたが、その際に「ビジョナリーカンパニー**」を参考にして職員の行動理念を策定するよう指示を受けました。ビジョナリーカンパニーは企業向けの書籍ですが、自治体も同様でバックキャストで明確な理念(ゴール)を持ったうえで施策を計画・実行していくことが重要だと理解しました。その経験が現在の業務にも活きていると感じています。
*目標となる未来を定めた上で、そこを起点に現在を振り返り、今何をすべきか考える未来起点の発想
**ジム・コリンズ、ジェリー・ポラス共著の書籍
―スタートアップとスマートシティ、両者の関係性についてどのようにお考えでしょうか。
スマートシティという文脈におけるスタートアップの役割は非常に大きいと感じています。大企業は資金面や実行力がある一方で現場の痒い所に手が届くようなサービスを提供することは難しいです。その役割を担うことのできるステークホルダーがスタートアップであると考えており、スタートアップ抜きでスマートシティを実現することは困難です。一方でスタートアップはスマートシティ構想の中の個別サービスであることからも、スタートアップと自治体だけでスマートシティを実現することも不可能です。全体ビジョンを統括する形で携わる民間事業者がいて、そこに個別サービスとしてスタートアップに参入してもらう形が理想のような気がします。
―今後取り組みたいことを教えてください。
スタートアップ関連で個人的に感じる課題としては、「スタートアップを受け入れ、また創出する空気感がまちや地域、組織において十分ではない」ということです。当市は学術研究都市であり、ものづくりに強みを持つことからも、スタートアップ=モノづくりの技術移転という固定観念に限定されがちです。そこで、「地域に無いなら、外から持ってくるしかない」という考えを今は持っています。上述のような「空気感」を生み出してもらうべく東広島市の学生には市外の環境が整った都市で起業し、そのノウハウを還元してもらえばいいと思っています。その間にスタートアップに魅力を感じてもらえるような環境の整備を行っていきます。大学を中心に、新しい共創の仕組みを作り、そこに民間企業やスタートアップが興味を持ち、集まりたくなるような仕掛けを更に作っていきたいと考えています。そうすることによって、多様性や活力が生まれ、新たなものが生まれる空気感が作られると思います。
編集後記:
インタビューを準備する段階では、「栗栖さんが東広島市のスマートシティ推進の担当者であるため、スタートアップという文脈での取り組みは多くないのではないか」と思っていましたが、インタビューを通じて全くの杞憂であるとわかりました。スマートシティ構想にとってスタートアップは欠かせない存在であると明言してくださったこと、またスタートアップ支援の在り方についても具体的なアイデアをお持ちであったことが非常に印象的です。
STAENにご登録ください!
STAENマガジンでは、持続可能な地域社会の形成に貢献するスタートアップをSTAEN登録企業の中から独自にピックアップし、記事として取り上げております。ご興味のある方はまずはSTAENにご登録ください!
STAENとは?
複数のアクセラレータープログラムやビジネスコンテストへのエントリーシート作成・管理・応募までスマートに一括管理できる起業家・スタートアップのためのサービスです。
STAENをより詳しく知りたい方、STAENへのご登録はこちら(無料)↓
MURCアクセラレータプログラムLEAP OVERとは
LEAP OVERとは、
・持続可能なビジネス・事業をお持ちのスタートアップ企業
・パートナー企業(大企業・地域中核企業)
・協力自治体
の3者をつなぎ、社会課題をビジネスで解決するPoC型アクセラレータープログラム。
詳細は、下記URLからご確認ください。
第5期(今年度エントリー終了の為、ご参考)
https://www.digitalsociety.murc.jp/leapover/accelerator/5.murc